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ジャカルタの水道の民営化から再公営化に至る経過


ジャカルタの水道の民営化から再公営化選択に至る経過
インドネシアの水道プロジェクトを考える会(JISCOWAPINDO)は、活動を2016年8月2日に開始し、初年度の現地調査を2017年1月に実施したが、ちょうどその頃ジャカルタでは水道の民営化をめぐる裁判が進行中だった。反水道民営化ジャカルタ住民連合(KMMSAJ)は、2013年6月に1997年の水道民営化契約を無効にする集団訴訟を起こしていた。その時点では、ジャカルタ高等裁判所は下級裁判所の判決を覆し、水道民営化の権利を再度認める判決(2016年2月)を出していたが、調査団からは、「2023年に民間との契約期間の終了を控え、民営が継続されるのか、再公営化に向かうのかが注目されている」との報告がもたらされた。最終的には2017年10月に最高裁判所が支持を表明し、住民連合(KMMSAJ)側が勝利を収めた。ここでは、ジャカルタの水道の民営化から再公営化の選択に至る経過を振り返る(編者注:参考文献1ジャカルタポスト2018年4月12日記事をベースにし、他の資料により補った)。

民営化の出発点は?
ジャカルタ水道の創設は1843年にさかのぼり、当時の宗主国オランダ政府が建設した井戸による給水が行われていた。1922年には公営事業体である PAM JAYA が設立され、同時に「管路による給水」が開始された。戦後、水道事業は一時的に中央政府出先機関による運営が行われたが、1968年よりジャカルタ首都特別州(DKI Jakarta)の公営上水道事業体として設立されたPT PAMジャヤによって管理されていた。(編者注:創設や設立の年については資料によって異なるが、ここでは、日水協研修報告や厚労省調査報告書をもとに記述した。)

しかし、世界銀行は1991年に行ったPAMジャヤのサービス改善のための9200万ドルの融資に際して、民営化を強く推奨した(資料23)。世界銀行は、民営化こそがジャカルタの公共水供給の失敗と不平等な水へのアクセスの治療法であると信じていた。民間企業は、より良い管理を提供することが期待されており、したがって、水道会社に必要な投資を提供するものと考えられた。1995年に世界銀行の助言の下、当時のスハルト大統領は、公開入札なしに2社の外資系企業を指名し、水道民営化を命じた。
1997年6月6日、PAMジャヤはフランスのスエズ環境との25年間の合意に署名した。同様に合意は、サリムグループが支援したPTPAMリヨネーズジャヤ(Palyja)とPTケカルテムズアイリンド(現在はPT Aetra Airジャカルタ)を通じてスハルトの息子シギットハルジョジュダントと組んだ英国のテムズ・ウオーターとも交わされた。サリムグループは、スハルトの親友として知られている大物Lim SioeLiong(別名Sudono Salim)が所有していた。契約では、2つの民間企業がPAMジャヤの対外債務を引き受けた。

こうしてPAMジャヤは、東半分は英国テムズ・ウオーター8割、スハルト長男シギットの会社2割出資の合弁会社と、西半分はフランスのスエズが4割、スハルトの親友サリムが6割出資の合弁会社との間で2023年まで25年間のコンセッション契約を結んだ。その後、スハルト失脚後、テムズ・ウオーターはシギットの持ち分を、スエズはサリムの持ち分を買い取り、改めて5%をスハルト無関係の地場企業に譲渡した。

ジャカルタの水道普及の現状は?
ジャカルタの配水は、オランダ植民地政権下では、裕福な住宅地のみが水道管への直接アクセスを享受していた(編者注:ジャカルタ上水道の歴史はオランダ統治時代の1922年、ボゴールの湧水を市内まで引いて、上水道システムを導入したことに始まる)。独立後、そのパターンは継続された。カンポン改良プログラム(KIP)と世界銀行のデータを引用した国連開発計画(UNDP)の報告によると、1970年代には、貧困層が居住するカンポンの住民はジャカルタの人口の80%を擁するにもかかわらず、その90%が水道管にアクセスできなかった。人間のし尿や家庭の廃棄物のために川や池などの水源の水質が低下したため、衛生設備の欠如は、問題を益々悪化させた。

民営化前の1996年、PAMジャヤの水道普及率は45.3%、無収水は57%を記録していた。その後2016年までに、水道システムに接続している住民の数は342万人に達したものの、2015年のジャカルタの水道普及率は人口の60%しかカバーしていなかった。家庭や商業ビルは水道水に接続されていても依然として地下水を使用しているため、水道水はジャカルタの総水需要の35%しか供給していないと計算している報告もある。北ジャカルタの都市部の貧困層は、地元の水売り業者から購入するか、地下水や地表水などを使用している。世界銀行は、ジャカルタの貧しい世帯は収入の13?25%を水に費やさなければならない状態であると報告している。ジャカルタ水資源評議会によると、ジャカルタの水道水源は総需要の2.2パーセントをクルクット川から、さらに80パーセントはジャティルフル貯水池から、約20パーセントはバンテン州タンゲランのチサダネ川から供給されている。

民営化はどのように機能したか?
民営化とは、PAMジャヤが監督者としてのみ機能し、業務は民間企業の手に委ねられることを意味する。2つの水道事業者は、原水の供給、浄水、パイプネットワーク、およびカスタマーサービスを担当している。2006年末、東半分担当のテムズ・ウオーターは合弁会社持ち分95%を、インドネシア最大の投資会社サラトガのシンガポール子会社に売却して撤退した。西半分担当のスエズは、地場持ち分5%を買い取り、51%の経営支配権を維持し、49%の株式をアストラに売却した。現在は、PT PAM Lyonnaise Jaya(PALYJA) が都市の西半分を担当し、PT Aetra Air Jakarta (Aetra) が東半分を担当している。住民が支払う水道料金(WaterTariff)はエスクロー口座に収納され、PAM Jaya と民間事業者が分け合う構造となっている。このうち、PAM Jaya がエスクロー口座からの優先引き出し権を有しており、PAM Jaya は自身の必要コストや財務省への返済、ジャカルタ特別州への寄付の原資としている。残額は民間事業者が利用料金(Water Charge)として収受し、水道事業の運営や利益の原資としている。契約に基づいて、(PAMジャヤの)水道料金(Water Charge)は半年ごとに引き上げられるが、(住民の)水道料金(Water Tariff)は市議会との政治過程を伴うことが多いため、自動的に引き上げることはできず、その結果、水道料金 (Water Charge)はほとんど水道料金(Water Tariff)」より高くなり、PAMジャヤの費用が増加することになる。


ジャカルタ首都圏のコンセッション事業スキーム
出典:JICA報告書2017  https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12289708.pdf, pp110

水道民営化の失敗に関する主要な日付:
1992:世界銀行が民営化を勧告
1995:スハルトが民営化のために2社を任命
1997年6月6日:民営化協定に調印
1998年2月1日:民間運用開始
2013年6月:KMMSAJは1997年の合意を無効にする訴訟を提起
2015年3月24日:ジャカルタ中部地方裁判所が訴訟を承認
2016年2月:ジャカルタ高等裁判所で民間企業が勝訴
2017年10月:最高裁判所が2016年の控訴勝利を無効に
2018年3月:民間企業との現行の協力に市民が抗議

ジャカルタの市民が水道民営化を拒否する理由?
1997年の合意における民営化後の目標は、98%のサービス範囲を確保し、20年目までに無収水を20%に削減することだったが、2015年には、両方の民間事業者の水道普及率は59%、漏水率は44%だった。ほぼ20年間の運用後、2つの民間企業は1997年の契約で合意された目標を達成できなかった。KMMSAJは、水道の民営化は首都での清潔で飲用に適した水の十分な供給を保証できなかったことを指摘した。一方、市民グループは、市内の貧しい住民にとって水道料金が手頃な価格ではないことを訴えた。 ジャカルタ市民は1立方メートルあたり約Rp 7,000(71 USセント)を支払い、低所得の居住者は1立方メートルあたりRp 1,050しか支払わない。水道普及の目標を達成できなかったことは、世界銀行が示唆した貧しい人々にも手頃な価格のきれいな水を提供するという民営化の目的を達成できなかったことになる。

Comparison of water utilities performance

Compiled by Amrta Institute for Water Literacy
Source: (1) Indonesian Drinking Water Association (Perpamsi) 2013; (2) TribunNews 2013; (3) Department of Public Works 2013; (4) Perpamsi 2010; (5)Malang Drinking Water Company 2015; (6) JPNN 2013.  Get the data

裁判所の判決は?
水道の普及が進まなかった結果、貧しい人々は他の水源から高価なきれいな水を買わなければならない。世界銀行によると、ジャカルタの貧しい世帯は収入の推定13〜25%を水に費やしている。水道料金調整に関する省令No. 23/2006は、世帯がその収入の4%以上を日常の使用に必要な水に費やす必要がないようにすることを定めている。

中央ジャカルタ地方裁判所は、2015年にKMMSAJの訴訟を承認し、水道の民営化を終了させた。裁判長は、ジャカルタの住民の水に対する人権を果たす上で水の民営化は怠慢だったと述べた。 1945年憲法の第33条は、土地と水、およびそこに含まれる天然資源は国によって管理され、国民の最大の繁栄のために使用されるものであることを明確に述べている。

2016年、ジャカルタ高等裁判所は下級裁判所の判決を覆し、水民営化の権利を再度認めた。最高裁判所は、KMMSAJによって提起された破産控訴を承認し、ジャカルタ高等裁判所によって発行された2016年の評決を破棄した。評決は民営化が質、量および継続性の点で水の供給のサービスを改善しなかったことを示す。
最高裁判所は、都市所有の水道会社PAMジャヤに関するジャカルタの細則第13/1992号に違反したため、水の民営化の終了を命じた。ジャカルタ知事は、同市の水道民営化の中止を命じた最高裁判所の判決を尊重することを約束した。

しかし、PAMジャヤは2つの民間企業との協定を再構築し、PAMジャヤに業務のより多くの権限を与え、協力を継続すると主張した。ジャカルタ政権関係者はは、市営水道会社のPAMジャヤと民間のPT PAMリヨネーズジャヤ(Palyja)とPTアエトラアイールジャカルタの間でリストラに関連するチームを編成すると述べている(2018年4月現在)。

情報提供シリーズの関連記事
資料4: 水道民営化停止の判決、2018年4月、joho4.pdf
資料23: ジャカルタにおける水にまつわる苦難、2018年6月、joho23-20180601W.pdf
資料25: 首都の水道事業、公営化後も民間2社に委託、2018年7月、20180701-1J.pdf
資料38: 水道民営化で世界の都市が舐めた辛酸、2018年9月、20180903-4J.pdf
資料85: ジャカルタ水道再公営化関連の情報、2019年6月、20190513Koran_Tempo.pdf
資料91: Jakarta will Stop Privatization of Water Supply(テンポ紙の記事)2019年7月、20190702W.pdf
資料114: ジャカルタの水道民営化をめぐる市民の闘い、2020年2月、20200202-1J.pdf
上記以外の参考文献
1)What you need to know about Jakarta's water privatization、ジャカルタポスト紙記事、2018年4月12日
2) インドネシア・ジャカルタの水道再公営化について、海外水ビジネスの眼、水道公論2019年1月号
3) 水道事業の民間活用に関するプロジェクト研究最終報告書、JICA2017
    https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12289708.pdf
4) 茅根由佳、インドネシアの首都ジャカルタ水道事業と 民営化政策をめぐる攻防 ―ポスト・スハルト期の政治経済構造の継続と変容―、京都大学東南アジア研究所 東南アジア研究 51巻1号 p. 139-16、2013年7月 https://ci.nii.ac.jp/naid/110009592476
5) 平成27年度国際研修「インドネシア水道事業研修」報告、日本水道協会研修国際部国際課、水道協会雑誌 第85巻 第2号(第 977 号)、2016年2月
6) 平成28年度水道産業国際展開推進事業報告書、厚生労働省 医薬・生活衛生局生活衛生・食品安全部 水道課、2017年3月

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