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ジャカルタの地盤沈下問題


 首都移転理由のひとつは世界最悪とも言われる交通渋滞とともに、海面上昇と地盤沈下によるジャカルタ水没の危機という差し迫った事情がある。このふたつの事象が組み合わされば、2050 年までには北ジャカルタの 95 パーセントは海に沈むという試算も出ている(資料87)。
ジャカルタ(人口約1,017万人=インドネシア政府統計2015年)は過去 30年間で最大 4 メートル沈下し、現在、北ジャカルタの面積の 40%が海面下であり、そこには 180 万人が居住している。今後の年間海面上昇予測は、7.5cm/10 年 と見込まれるが、沈下の最大原因は深層地下水の過剰揚水である。

 ジャカルタは北部では、水道システムがないため、地元の産業や住民は帯水層から水をくみ上げている。この大規模な地下水のくみ上げが地盤沈下を引き起こし、一部の地域では年間最大 25 cmの沈下が起きている。一部の土地は海面下約 4 メートルまで沈み、取り返しがつかないほど景観は変わり、自然災害に対して脆弱な状態に置かれている(資料115)。たとえば、北ジャカルタのムアラバル(編者注:「ジャカルタの築地」とも呼ばれる中央卸売市場パサール・イカン・モデルンが2018年にオープンしたことで知られる)周辺のワラデュナモスク(1980 年代に建造)は日中 1mの深さの水に半ば水没している。理由は地盤沈下による浸水、モスクで祈ったのは 18 年前が最後という(資料106)。(ジャカルタのその他の地域:西部;15cm/年、東部;10cm/年、中部;2cm/年、南部 1cm/年:資料41

 ジャカルタの沿岸地域の 95%は 2050 年までに海面下に沈む可能性がある(インドネシアのバンドン工科大学の研究による)。現在海面下 2〜3m にあるムアラバルは、今後 30 年で海面下 5m 以上に沈下する可能性がある。ジャカルタは地球上で最も速いペースで沈みつつある都市の一つで、2050 年までにその 3 分の1が水没する可能性があると、環境専門家らが警告している。加えて海面上昇や、不安定さを増している気象パターンは、土地がすでに消失し始めていることを意味している。ジャカルタ政府は地盤沈下対策より洪水対策を優先してきたが、洪水への対処は、真の原因である沈下対策が進まない結果ももたらしている。

○洪水対策の経緯(資料51);
1)2007 年以後、防波堤の嵩上げ、運河網の浚渫・拡幅、堤防の補強、遊水池の整備等。
2)JCDS(ジャカルタ湾岸保全戦略)2011 年開始;ジャカルタ湾とジャワ海を隔てる大堤防の設置。⇒ジャカルタ湾の深刻な汚染を招くということで見直し、2013 年廃止された。
3)NCICD(首都沿岸開発総合計画);JCDS に代わり導入;湾岸保全から湾岸開発へ。

 地盤沈下への対応ではなく、洪水を防ぐための開発として、政治利用された。⇒現状、贈収賄と汚職のスキャンダルなどの疑いがあるが、ジョコ大統領は Phase Aの完成を約束。しかし、2018年現在開発は中断;大統領の実際の動機は、2019 年の再選への時間稼ぎとも言われた。

 真の地盤沈下対策としては、水道の普及拡大により地下水の揚水をやめることで、これによって2035〜2040 年に地盤沈下を沈静化することが考えられた。しかし、ジャカルタの水道事業は、民間事業者によって運営され、普及率は 60%未満。 水道を使用している人も、水道水が飲用に適さないため、地下水に依存。市内には 4,000 以上の違法の井戸があり、深層水は清浄で無料であることから、違法であっても、法制度が整っていない為、地下水利用を停止させる事が困難。

 地盤沈下対策は政治的には、緊急性がない事項と考えられており、政治的には洪水対策が優先されている。地盤沈下の問題を解決するのに最も大切なことは、政治的な意思であるが、政治家の関心は薄い。その理由は、地盤沈下の鎮静化のための水道の整備で成果を挙げるには、大規模な投資と、長い年月が必要、しかも最終的に成功する事は難しい。ジャカルタの地盤沈下と洪水の問題は、世界が今後直面する問題となるだろうが、短期間の政治サイクルは、それを解決するための障害になっている。

★地盤沈下対策についての識者の意見
 「東京のようにジャカルタ市内で地下水の汲み上げをやめる事ができれば、地盤沈下を沈静化することが可能性である。省庁や官庁が移転する事によりジャカルタの地盤沈下が緩和される事は事実。しかし、政府は地下水を汲み上げ続ける人々に甘い。地下水の汲み上げを停止させる規制はなく、個人所有者から大規模なショッピングモール運営者に至るまで、さらには政府機関までも地下水を使用している。中央政府は、ジャカルタから移転しても、引き続きこの問題に注意を払う必要ある。というのも、多くの主要企業はジャカルタに本社を置いており、ジャカルタはインドネシアのビジネスと経済の中心地で今後ともあり続ける事から、政府はジャカルタを沈没から救う以外に選択肢はない。」(オランダのシンクタンク Deltares の地下水管理の専門家;Peter Letitre 氏、資料106

 「政府は、沿岸地域を保護するために巨大な 32 km の防波堤を建設することを計画。しかし、2014 年にプロジェクトが開始されて以来、当局は設計に同意していない。ジャカルタには、洪水と交通渋滞を緩和するためのインフラ開発に 500 兆ルピア(355 億米ドル)が必要。一方、新しい首都の建設には 466 兆ルピアで必要である。救済策としてのみ機能し、解決策として機能しない巨大な防波堤を建設するためさらに 200 兆ルピア(142 億米ドル)を確保するのに十分な政治的意志はまだ見られない。」(Heri Andreas 博士【ITB の地質学者、過去 20 年間ジャカルタの地盤沈下を研究】、資料106

 「ジャカルタは、現在も東南アジア最大の都市の一つであり、中心に 1,000 万人、更にその周りに 2,000 万人が居住(計 3 千万人)。2030 年には世界で最も人口の多い都市となると予測され、人口の多さが、事態をさらに悪化させる要因の一つになると考えられている。水の問題が首都移転決定の要因;インドネシアの人口の 60%がジャワ島に住んでいるが、ジャワ島の水資源はインドネシア全土の 10%未満。一方、カリマンタン島は、人口は全国の 6%だが、水資源は 30%を占める。そのような不均衡があるが、ジャカルタは水不足を経験していない。しかし、多くの住民は、きれいな水のアクセスを得るのは困難な状況。(水道給水率;60%)水道水にアクセスできない住民は、地下水に依存する。その為、地盤沈下が起きており、地盤は年間7cm 沈下している。このままでは 2050 年にジャカルタ市の 1/3 が水没と予測される。
 地盤沈下の対策として人工島と巨大な防波堤、が計画されたが、2017年に突然キャンセル。理由は、議員による贈収賄と汚職の疑惑。現在、護岸工事は進行中;オランダと韓国の支援による。National CapitalIntegrated Coastal Development(NCICD)プロジェクトは、2008 年に開始され、変遷を経て、現在の護岸には 160 億ドルの費用がかかり、2,000 ヘクタールの埋め立て地が造成され、20 qの外壁は有料道路として利用予定。新首都移転の影響;約 18 万人の公務員と数千人の警察官が移動し、家族を入れると約 80 万人が移動する計画だが、水の供給の改善にはあまり寄与しない。ジャカルタの住民が水道水にアクセスできれば、地下水汲み上げを削減する事になり、それが地盤沈下の根本対策となる。ジャカルタの水道水の約 90%は都市の外から来ており、その 80%はジャティルフールダムから供給されている。ジャカルタを流れる13 の河川から取水し、処理し、給水する事が計画されたが、河川の汚染がひどく、経済的ではないと判断された。また、海水の淡水化も費用が高額であり、一方、下水の再利用もオプションとして考えられるが、下水道が都市部の 5%にしか整備されていな為、時間とかなりの費用が掛かる。
 NCICD プロジェクトは、当局が代替水源を開発し、地下水揚水を削減する時間を提供する可能性はあるが、ジャカルタの給水規模が大きすぎるため、土地が海面下に沈むのを防ぐ時間的余裕はない。結局、地下水の揚水を減らす行動がとられない限り、問題は解決されないまま。」(オーストラリアの政府系シンクタンクFuture Directions Internationalの研究マネージャーMervyn Piesse 氏「ジャカルタを水没から救う計画について」、資料103)

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資料40: Managing Jakarta's water-related risks、2018年9月、20180901W.pdf
資料41: Jakarta, the fastest-sinking city in the world、2018年9月、20180902W.pdf
資料51: Jakarta Sinking: How Subsidence Endangers Indonesia's Capital、2018年11月、20181102W.pdf
資料87: インドネシアの首都移転計画には、ジャカルタの水没危機という差し迫った事情がある、2019年7月、20190701-2J.pdf
資料103: Indonesia Plans to Save Jakarta from a Watery Demise、2019年10月、20191002W.pdf
資料106: Residents fear Jakarta's sinking problem will be sidelined with Indonesia'scapital move、2019年11月、20191101W.pdf
資料115: 沈みゆく首都…災害の危機に直面するジャカルタ、2020年2月、20200202-2J.pdf
上記以外の参考文献
JICAインドネシア国ジャカルタ地盤沈下対策プロジェクト、2019 年 11 月、https://www.jica.go.jp/project/indonesia/019/materials/ku57pq00003t6ior-att/brief_note_jp.pdf
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